DX戦略

株式会社金津屋 ストーリーとしての深海戦略
カナヅヤ「深海戦略」:プロ職人との価値共創で切り拓く、独自の未来
新潟県五泉市の老舗金物店、金津屋(カナヅヤ)は、激しい価格競争や品揃え競争が繰り広げられる既存市場(レッドオーシャン)から脱却し、独自の価値を創造する「深海(ディープブルーオーシャン)」を目指す経営戦略、「深海戦略」を推進しています。この戦略の核心は、単に工具を販売するのではなく、「特定のプロフェッショナル職人、とりわけKNICKS(ニックス)ブランドに強いこだわりを持つ情報感度の高い電気工事業者にとって、なくてはならない価値共創パートナーになる」という一点にあります。彼らが真に求める専門性、スピード、そしてコミュニティに応えることで、他社には模倣困難な独自のポジションを築き上げ、持続的な成長を実現することを目指しています。
この「深海戦略」は、以下の「起承転結」で構成される一貫したストーリーとして展開されています。
- 「起」:KNICKSブランドへの一点突破
戦略の出発点は、熱狂的なファンを持つ腰袋ブランド「KNICKS」への戦略的集中です。カナヅヤは、KNICKS製品の圧倒的な品揃えと在庫量を誇ることで、「KNICKSのことならカナヅヤ」という強固なブランド認知を確立しました。これにより、ターゲットとするコアなプロ職人を全国から強力に引き寄せる磁力として機能し、戦略の土台を築いています。この一点突破が、カナヅヤが「深海」へと潜航するための最初の推進力となりました。 - 「承」:デジタルによる「灯台」の建設
KNICKSブランドで引き寄せたプロ職人たちとの繋がりを、店舗の地理的制約を超えて全国規模に拡大するため、ECサイト「カナヅヤ商店」とSNS(特にInstagram)を駆使したデジタルシフトを敢行しました。これは単なるオンライン販売チャネルの構築に留まりません。ECサイトやSNSは、専門知識や製品情報を発信する基地であり、KNICKSファンやプロ職人が集い、情報を交換し合う「灯台」としての役割を担っています。実際に、GA4(Google Analytics 4)データが示すECサイトの急速な成長は、この「灯台」が多くの「船」(=顧客)を惹きつけ、カナヅヤの「深海」へと導いていることを証明しています。 - 「転」:顧客を「共創パートナー」へと昇華
カナヅヤは、SNSやリアルなファンミーティング「キズナ」といったイベントを通じて、単なる情報発信に留まらない、顧客エンゲージメントの深化を追求しています。これらの活動は、顧客同士、顧客とメーカー、そしてカナヅヤが直接的に交流し、信頼関係を育むコミュニティを醸成します。重要なのは、顧客の現場の声、悩み、アイデアといった「暗黙知」に真摯に耳を傾け、それを商品企画、品揃え、情報発信といった「形式知」へと昇華させ、具体的な価値として顧客に還元する「SECIモデル」を実践している点です。このプロセスを通じて、顧客は単なる商品の買い手ではなく、カナヅヤと共に新たな価値を創り出す「共創パートナー」へと進化します。顧客レビューに見られる熱量の高さや、ファンミーティングでの活発な意見交換は、この強固なパートナーシップの質を物語っています。 - 「結」:卓越した実行力による「信頼」の確立
「深海戦略」のストーリーを完結させ、その持続性を担保するのは、「神は細部に宿る」を体現する卓越した実行力です。KNICKSの新製品情報を誰よりも早く正確に発信するスピード。ワッペンのような小さな商品一つひとつにも「これでもか」というほど丁寧な梱包。注文からの迅速な発送体制。そして、顧客からの問い合わせや要望に対する真摯で的確な対応。これら一見地道に見える活動の一貫した高品質な積み重ねが、顧客にとって「カナヅヤで買えば間違いない」という絶対的な「信頼」を築き上げています。この信頼こそが、戦略ストーリー全体を強固に下支えし、顧客が安心して「深海」に留まり続けるための最も重要な基盤となっています。
カナヅヤの模倣困難な競争優位性:「一貫性」と「信頼」
カナヅヤの「深海戦略」が他社に容易に模倣されない理由は、KNICKSの品揃え、ECサイトの運営、SNS活用、コミュニティ形成、迅速な配送といった個々の要素の優位性にあるのではありません。これらの構成要素が、「プロ職人のための価値共創パートナーになる」という明確なコンセプト(羅針盤)の下で、有機的に結合し、相互に強化し合っている「一貫性」にこそ、その本質的な強みがあります。
例えば、KNICKSの圧倒的な品揃えがなければ、そもそもターゲットとするコアな顧客は集まりません。デジタルチャネル(ECサイトやSNS)がなければ、全国に点在するニッチな顧客層に効率的にリーチすることは不可能です。顧客との共創を促すコミュニティがなければ、顧客の真のニーズ(暗黙知)を汲み取り、エンゲージメントを深めることはできません。そして、卓越した実行力と、そこから生まれる「信頼」がなければ、どんな優れた戦略も絵に描いた餅で終わってしまいます。
競合他社が表面的な要素、例えばKNICKSの品揃えだけを真似たとしても、長年にわたり築き上げてきたSNSでの情報発信ノウハウ、熱量の高いコミュニティ運営の経験、そして何よりも顧客との間に醸成された「信頼」という無形の資産は、一朝一夕には構築できません。この各要素の強固な「つながり」と戦略全体の「一貫性」、そしてそれらが顧客にもたらす「信頼」こそが、カナヅヤの競争優位性の源泉であり、「深海戦略」の核心です。
カナヅヤは、自社の置かれた状況と独自の強みを深く洞察し、そこから導き出された論理に基づいた一貫した戦略ストーリーを描き出し、それを日々愚直に実行することで、「深海」という競争のない、持続的に成長可能な独自の市場空間を自ら創造し続けているのです。

代表取締役 鈴木 隆志
専務取締役 鈴木 知樹(かずき)